祖父の魂

2017/11/11

 

 

kumabou2016.hatenablog.com

 

 

以前、祖母の想い出という記事を書きました、皆さまから大変な反響を頂きました。ありがとうございます。祖母の記事を書いた時に、祖父についても記事を書こうと決めていました。

 

祖父は私が産声を上げた1週間後に他界しました。癌だったそうです。公衆電話越しに私の泣き声を聞いたそうです。「元気な泣き声でよろしい!声が聞けて良かった!」というのが、祖父が私にかけた最初で最後の言葉だったそうです。

 

祖父は若かりし頃かなりの遊び人だったそうです。当時、夜な夜なダンスホールへ繰り出したそうです。出征しましたが運良く生きて戻ってくることができ祖母と結婚しました。結婚してからは猛烈に働いたそうです。でも、好奇心は相変わらず旺盛で会社の海外出張の機会を活かしてヨーロッパを訪れたりしたそうです。どういう裏技を使ったのか知りませんが祖母も連れて海外出張に行ってたそうです。一介のサラリーマンだったのに不思議です。きっと提案力と行動力があったのと、務めていた会社がおおらかだったんだと思います。まだ当時は海外旅行に行けた人も限られいた時代なので、その話を聞いただけでも「じいちゃん、かっこいい」と思いました。

 

私が社会人になった時に、祖母から祖父の話で印象に残っているエピソードがあります。祖父は職場で部下とはあまり飲みに行かなかったそうです。忘年会には参加しても開始30分で部下に気づかれないよう帰ってくるそうです。全員の会計だけ払って。祖母が「なんで1人で帰ってくるの?」と聞くと、「昼間も職場で一緒なのに、夜も自分がいると部下が気を遣う。そしたら忘年会なのに酔えないだろう」「自分が今のポジションにいられるのは部下が頑張ってくれるから。みんなが楽しむのが一番」と答えていたそうです。

 

また、当時は盆暮れ正月に上司にお歳暮やお中元を贈るのが常識でした。特に祖父が勤めた会社はお固い会社だったのでそういう事をしないと出世できなかったそうです。しかし、祖父は一切上司には贈らなかったそうです。祖母が理由を聞くと「仕事で成果上げてるのに、付け届けまでする必要ない!」とのこと。人間関係がウエットな昭和の時代に、カッコ良すぎるじいちゃん!

 

でも、この話には後日談があります。祖母が気をきかせて祖父に内緒で、お歳暮やお中元を贈っていたそうです。「婆ちゃん、やっぱり凄い!」

 

今、管理職として働くようになって、多少は祖父のエピソードが自分の行動を選択する際に影響を与えていると思います。祖父との想い出はないけど、祖父の魂はしっかり引き継いでいます。